コンサートツアー

  • 2015.03.04 Wednesday
  • 15:45


「コンサートツアー」なんて、かっこいい響きです。
仕事とは言え、知らない土地から土地へと旅できるのです。
 
でも、そんなに素晴らしい毎日とは限りません。
スーパースターのお大尽旅行ならともかく、
並みのアーティストの現実は厳しいです。
 
ホテル暮らしって、たまだからこそ良いものなのです。
毎晩スイートルームに宿泊できるのならば別ですが、
それでもスーツケースから物を出したり、出発前にパッキングするのは自分ですし、
寝る前に使用済みの下着と靴下をクチュクチュと洗ってバスルームに干すのも、
旅の日常では欠かせない作業です。
 
そんな「演奏旅行」ですが、一度だけまたとない貴重な経験をさせていただいたことがあります。何と、すべてのピアニストが夢見る「すべての会場に自前のコンサート用グランドピアノを持ち込んで行うリサイタルツアー」です!
 
ピアニストの宿命のひとつに「毎回違う楽器で演奏しなければならない」という現実があります。
同じように見えても楽器の感触や音質は千差万別、たとえ気に入らない楽器でも常にベストのパフォーマンスを提供するのがピアニストの技量のひとつでもあります。
「アリーナで貸し出している共用のくたびれたスケート靴で4回転ジャンプを成功させなければならないフィギュアスケーター」みたいなものでしょうか。
 
ごく限られた世界的ピアニストにだけは「自分専用の楽器を持ち歩いてツアーをする」ということが許されていました。往年のミケランジェリ、リヒテルといった歴史的名ピアニスト、またホロヴィッツ来日の際にはピアノはおろか、コックまで連れてきたとのこと。正に「特別待遇」でした。チケット代もそれなりのものでしたが…。
 
でも、そんな機会が、何と、不肖この私に与えられたのです!
 
それはY社のコンサートグランドを使用してのハンガリーツアー(1984年3月)でした。
その当時のハンガリーはまだ「共産圏」で、政治的にも経済的にも閉ざされていました。
それでもハンガリーは共産圏諸国の中でも比較的リベラルで、ある程度の自由が認められていたのです。
 
そんな国に自社のピアノを持ち込み、宣伝を兼ねたプロモーションを行い、できれば最後はその楽器を現地で売って帰ってくる、というビジネスと私の演奏活動とがちょうどマッチしたのです。その時のプログラムには邦人作品も含まれており、それもツアー実現へのポイントになりました。「日本人ピアニストが日本のピアノを使って日本の音楽を紹介する」というわけです。
 
私はハンブルクにあるY社のヨーロッパ支店に並んでいた新品の楽器の中から「これぞ」というコンサートグランドを選定しました。これが陸路ハンガリーに送られ、私は毎回コンサート会場こそ違えども、楽器は同じものを使って演奏できるのです。調律師ももちろん同行してくれます。費用はすべてY社持ち。サイコーですね!
 
「さぞや安心できる演奏環境を堪能できるだろう」と夢描いていたのですが、
これは見事に裏切られました。
 
ハンガリーの3月はまだ冬です。夜の気温は氷点下。そんな中、見た目は丈夫そうでも木で作られた繊細な楽器をトラックで運ぶのです。演奏会当日の午前中、楽器は冷え切ったトラックの荷台から会場内に運び込まれます。そして数時間かけての調整。夜のコンサートではスポットライトも当てられるので、温度差は三十度近くになります。
 
終演後、楽器はただちにトラックに積み込まれ、次の開催地へと先発します。
コンサートが翌日ではない場合、コンサート当日まで楽器はトラックに積みっぱなし。
温度のみならず、湿度の管理などもどこ吹く風…。
前もって会場に運び入れることは、置き場がないので不可能です。
 

Hengster0008.jpg
音楽の都ウィーンのピアノ運送現場。かなりおおざっぱです…。

Hengster0009.jpg
コンサート用のピアノはもっと大型で数百キロの重量がありますが(フルサイズの楽器は500kg超!)、
基本的には人力でかつぎ上げてしまいます。すごい…。

 
こうして楽器は運搬による振動のみならず、たび重なる極端な温度差にさらされることになり、
まるで風邪をひいたような状態になってしまいます。
正に、最悪。調律師のご苦労はたいへんなものだったに違いありません。
 
実際演奏する私としては「これが同じ楽器とはとても信じられない」という感覚を覚えながらのツアーでした。「隣の芝生は青く見える」とはい言いますが、「ピアノを持ち歩くコンサートツアー」が見た目ほどラクチンなものではないことを実感しました。これなら多少ボロくても、その会場の空気に長年慣れ親しんできだ楽器で演奏した方が、ずっと良さそうです…。
 
人生の中、「実際に経験してみないとわからない」という事がありますね。
その最たるもののひとつでした〜。





 
コメント
コメントする








    

calendar

S M T W T F S
1234567
891011121314
15161718192021
22232425262728
293031    
<< July 2018 >>

訪問者

アクセスカウンター
カラコン激安通販プリモカラー

selected entries

categories

archives

recent comment

links

profile

search this site.

others

mobile

qrcode

powered

無料ブログ作成サービス JUGEM