お墓のこと

  • 2014.04.29 Tuesday
  • 11:09

最近の葬儀や埋葬方法にはさまざまなバリエーションがあるようです。
ごく普通のパターンは

「自宅か病院で亡くなる」
「葬儀屋に連絡する」
「お通夜と葬式をする」
「荼毘に付す」
しばらくして
「お墓に入れる」

というものでしょう。
このうち葬儀屋さんは「お通夜と葬儀を取り仕切る」というところで生計を立てているわけですが、最近は

「病院から直接焼き場に運んでくれっていう人、すごく増えました」

とのこと。
葬儀屋かなめの業務がずっぽり中抜けになるので、まったく儲からないのですと。

確かに葬式を滞りなく済ませるのは、とても大変です。
誰と誰に連絡するかを判断するのも一筋縄ではいかないし、
事後の返礼もかなりの作業量とならざるを得ません。

私たち夫婦には子供がいません。
まずは、生き残った方が先に逝った方の面倒を見なければなりません。

「早い者勝ち」

なのであります。

ま、それはそれとして、お墓。

子供がいない、ということは、墓参りしてくれる人も限りなく少ないだろうと思うのです。
とりわけこの世にもあの世にも徳を積んでいない不肖私の場合は。

ウィーンにあるモーツァルトのお墓。遺骨が埋葬されているわけではありませんが…。


最近は「海に散骨する」とか「樹木葬(森に散骨する)」とか、いろいろなアレンジが可能となり、
そういった埋葬のパッケージ提供する専門業者が出てきました。

私の母は2012年の夏に亡くなりました。
スカイツリーのふもとのお寺にお墓を買い、今はそこで眠っています。
やすらかに眠り続け、妙な気を起こして出てこないでほしいです。
父もいずれの日かにそこに入ることになります。

妻のカヤニカままは、だいぶ前にさっさと自分専用のお墓を買いました。
私のようなひとり息子のところに嫁いだカヤニカままが今井家の墓に入りたくない気持ちは、
とてもよくわかります。
それだけのことがありましたから…。
よく耐えてくれた、と今も感謝しています。

で、自分のポケットマネーで確保した墓は カヤニカままと愛犬たちのものなのだそうです。
最近のトレンドであるロッカー式のお墓で、 カードをかざすと自動的に骨壺が祭壇に出てくるやつです。
明るい雰囲気で、とてもさわやか。

こういうお墓には、骨壺を3個入れられます。
そのうち1個は自分の分。 で、残りがワンコのスペース。

人間の墓に動物を埋葬することははばかられるのですが、
「故人が大切にしていたもの」として一緒に入れるのはまったく問題ない、
と確認してあります。
だから、まず人間が入らないと、ワンコは入れません。

現在、故ワンコの骨壺2個が自宅で待機中。
今後の予定ではこれに最低3匹分が追加になります。
ヘタをすると、それだけで残りのスペースは一杯かも。

つまり、私の場所はないかもしれない、ということなのです。

ひゃ〜〜〜

私は、両親とよりは、波瀾万丈な人生を常に支えてきてくれた愛妻といっしょに眠りたい。
が、カヤニカままは「死んだ後ぐらい静かに過ごさせてくれ」と申しております…。
「入れるかどうかはアンタの今後の態度を見て決める」ということらしい。

うわ…

ダメだったらどうしましょうか。
実は、心情的に私も両親とは一緒にいたくないのです。
自分ひとりで入るお墓を買ったとしても、妻亡き後はおそらく誰も来ない。
また、供養料も払う人がいない。

散骨が良さそうですね。
そんなこともつらつら考える年頃になりました。

ナチによって血族全員が抹殺され、顧みる人が誰もいなくなったユダヤ人のお墓。ウィーンです。
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ステージマナー

  • 2014.04.17 Thursday
  • 19:20

エチケット。

多くは男性に求められるマナーですが、
ちゃんとわきまえてスマートにできちゃう人は、おしゃれですね!
「おぬし、できるじゃん」と心の中でエールを送りたくなります。

ドアを閉める時にさりげなくふり返り、
後から来ている人のために、開けたドアを支えて待っている。

 →外国では男女ともに当たり前。やらないとすごく嫌な顔をされます。

女性がコートを脱ぐときや着るときに、手伝ってあげる。
 →う〜ん、これは日本では誤解される恐れがありますね…。

女性に歩道の車道側を歩かせない。
 →そんな事よりも、まずは自転車を何とかしてほしい!

お年寄りや障害のある人に席をゆずってあげる。
 →わかっていても、なかなかできることではありません。
  でも、これができない裏には「知性の裏切り」という、
  心理学上でも複雑な心の動きが隠されているのだそうです。


ところで、正しいようで間違っているエチケットもあります。

どこかに入るとき、男が率先して扉を開け、まずは女性に先に入っていただく。

これ、基本的にはOKなのですが、ことエレベーターの場合には

絶対にやってはいけない

のです!
でも、やってませんか?
デパートのエレベーターではどうでも良くても、
高級ホテルになればなるほど、かっこつけてやりたくなっちゃいますよね。

でも、だめです!

エレベーターの箱の中のように
「どんな危険が待ち受けているかわらからないところ」
に女性を送り出すことは、マナーとして不合格なのです。

「落ちないかまず試してね。大丈夫だったらボクも乗る」
ということになるわけ。

この場合、男は到着したエレベーターにまず自ら乗り込み、安全を確認し、
中から扉を押さえるか、「開」のボタンを押して後続の人を招き入れるのが正しい。

いやはや、西洋生まれのエチケットとは

女性はか弱く、保護されるべき存在である

というとてつもない前提のもとに考えられているのですなあ。感無量です。
昨今の草食系男子 made in Japan は肉食系女子の前でどう振るまったら良いのでしょう…。

日本男子は常に毅然としているのみでありまするっ。敵に後ろは見せませんっ。


さてさて、ここで話を音楽にシフトしましょう。本題です。

コンサートステージは特別な空間です。
クラシック音楽のコンサートとなれば、まさに

「究極にまで洗練された西洋のエチケット」

をわきまえた立ち居振る舞いが求められます。

そう、ステージマナー

日常では人の目の前でドアが閉まろうとも何とも思わない人が
ステージに出たとたんエレガントな紳士淑女になろうと思っても、なかなかうまくいきません。
すぐ、ボロが出る。これは必然です。

それでも歌の人たちは先生にうるさく教えられる機会が多いようで、比較的整っています。
オペラでの経験も役立ちますしね。

問題は、ピアニスト。

私はよくコンペティションの審査などをするのですが、
まずほとんどの人が、ダメ。論外。なってない。恥ずかしい。

お辞儀がサマにならないのは、まだ許しましょう。

「私はお腹が痛いです」みたいな人
風呂屋の脱衣場で前を隠すようなしぐさの人

いろいろですが、とりあえずマナー違反ではありません。

問題はその後です。

礼をした後、ほとんどの人が右回りにきびすを返して、
客席に一度自分のお尻をフルに披露してから楽器の前に座ります。

これは、絶対に、ダメ!

御前演奏のようなシチュエーションならば、時代が時代だったら万死に値する行為です。

やんごとなき高貴な方々や畏れ多きお客様にわがケツを見せる、というのははしたない行為以外の何ものでもないのです。
女性ならなおさらですよ〜。一昔前であれば、貞操の問題でした。

男性審査員の中には
「お、顔は小顔なのに立派だねえ。いい子を産めよ」 とか
「ふふ、なかなかだねえ。ピアノ弾かなくていいよ」 とか
こっそり思っている人がいないとも限りません。

もちろん言うまでもなく、私は違いますっ!

お辞儀をするときに立つ位置と、その後の動線をよ〜く考えてください。
お辞儀をしたら、左足を後ろに引いて、横向きの姿勢で椅子の前に入ることはできませんか?
右回りに踏み出して椅子の後ろを一周し、むこう側から入らないと弾けませんか?

ドレスアップしたら、上品に振る舞わなければ〜


ところで、同じようなマナー違反は客席でも起こっています。
コンサート会場で、すでに着席している人の前を通してもらわないと自分の席にたどり着けないことがありますよね。
こんな時、あなたは身体をどちら向きにしてすり抜けますか?

日本では普通、座っている人に背をむけてカニ歩きをします。
ま、これは日本古来の習慣だから仕方ない。
座っている人もわざわざ立ってくれないし。

でも、想像して下さい。
座っている人の目線の真っ正面に自分のお尻をさらすのは、どうなんですかねえ…。
それもあなた、おそらくちょっと前屈みになっているでしょ?
美人が大好きな男が多いイタリアだったら、さわられてるかも…。

この方式、欧米では絶対にダメです。
旅行先でオペラやコンサートに行ったときは気をつけてください。

座っている人は立つ。マナーです。エチケット。
入る人は立ってくれた人に自分の正面を向ける、いわば向かい合う姿勢、
つまり、ステージに背を向ける方向で横歩きしながら入れてもらうのです。
むこうのおじちゃんおばちゃんたちはメガトン級の体格をしている場合も多く
すり抜けるのが苦しい場合もあるのですが、それはそれ。

「人にはむやみにお尻をむけない、さらさない」

というのは、絶対的な基本マナーのひとつです。
ぜひ、覚えておきましょう。

なおウィーンではこういった社交マナーをダンス教室で教えてもらえます。
そう、ハイソな家庭のティーンたちは、舞踏会でワルツを踊れるようになるためにダンス学校に通い、社交のマナーを会得するのです。

これに関してはいつかまた改めて。
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性格は変えられるか(後半)

  • 2014.04.08 Tuesday
  • 08:14

《承前》

前回の話題だった性格診断、私のいないところでカヤニカままもこっそりやったそうです。
そうしたら、恐れていた結果となってしまいました…。

カヤニカままのタイプは、なんと

「ボロぞうきんさん(過労死タイプ)」!

どんな性格なのかざっとまとめてみましょう。

人の指導が上手で、優しく、包容力があるので人がついてくる。
また同時にいくつもの仕事をてきぱきとこなせる。


と、ここまでは「行け行けさん」とほぼ同じです。違うのは

自分のやりたいことや言いたいことを極端に押さえ、嫌なことでも我慢してしまう。
そして良い評価を得るために一生懸命に頑張る。


というところです。

私の場合は人への思いやりが欠けているまま、
自分のやりたいように物事を進めてしまうタイプです。
だからいったん歯車が狂い始めると、人が離れて行ってしまう。

ボロぞうきんさんはとっても「いい人」なのですが、本人はしんどくてつらい。
縁の下の力持ち的な存在で、大変有能なナンバーツーか、秘書のような感じ。
こういう人をオクサンにすると、献身的で、ダンナは外で思いっきり仕事ができる。
最近ではこんな人をダンナにしたい女性もたくさんいることでしょう。

ボロぞうきんさんの問題は「ストレス発散がとてもヘタ」というところにあります。

有能なので仕事が集まり、ますます頑張ってしまう。
ミスをしないことが能力の証であるところから、どんなに忙しくてもミスは許せない自分。
で、ストレスばかりがどんどん溜まる。
ストレスが溜まると必然的にミスが出てしまうが、「もっと頑張らなくては」と思ってしまう。

頑張って、頑張って、頑張りすぎて、
鬱になったり過労死に至るのです。


最近は社会問題として、こういう人間像がクローズアップされるようになりました。

こういう人たちの性格を理解してあげることが大切なのですが、
疲れているようでも決して励ましてはいけないのだそうです。
励ますと「今のあなたはダメだ」と言われていると思い、
ますます落ち込んで、もっと無理をしてしまうのだそう。

「基本的に人の不安を思いやる能力に欠けている」私だからこそ、
カヤニカままの行く末をとても案じています!


最近、すごく疲れているみたいですから…。

ボロぞうきんさんだもん、東北の酒でも飲まないとやってられない…(小太郎)


てやんでえ、酔っ払ってなんかいないわいっ(小太郎。ホントはしらふです)


酒飲んで何が悪いっていうんだいっ(小太郎。ホントはしらふです)
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性格は変えられるか(前半)

  • 2014.04.05 Saturday
  • 21:22

性格診断をやりました。
パーティーでのお遊びではなく、本気でまじめに取り組みました。

一昔前、血液型で性格を分類する、というのが流行しましたね。
ちなみに私はO型です。カヤニカままはAB型。
科学的ではないのでしょうが、私も、妻も、血液型が示唆する性格傾向にはわりと納得しています。

ですが、今回はそんなヤワなお遊びではありません。

心療医学の専門医が作ったもので、さまざまなストレス、
それもこのところ増加し、とりわけ新社会人や若年層に多い「新型ストレス」に対処するために開発されたものです。
結果の読み解きは簡単ではありませんが(きちんとできるようになるまでに3年かかるそうです)、信憑性があります。

関西弁丸出しのお医者さんが作成したプログラムなので、ユニークです。
性格は10のタイプに分類されていますが、
ぜひ関西風のアクセントをつけて読んでください。

アホちゃうか」というようなネーミングに見えますが、
内容を勉強していくと、不思議にとてもしっくりとくるのです。
 
「行け行けさん(突然死タイプ)」「ボロぞうきんさん(過労死タイプ)」「伝統さん・若年寄さん」「あんたが悪いさん(憤慨死タイプ)」「バラバラさん」「クールさん」「不安ちゃん」「不満ちゃん」「子供ちゃん」「普通さん」

私は典型的な「行け行けさん」タイプでした。

わが家の行け行けさんたち↓


設問に対する答えを集計して、それをグラフ化するのですが、
教科書に出せるほどピッタリ同じ形になりました。

さて、この行け行けさんですが、一般的には

リーダーシップをとるのが上手で、人を育てることも上手だし、
いくつもの仕事を同時にテキパキ処理できる。
前向きで活力があって、
古いしきたりや観念にとらわれることなく自由な発想ができる。 


ということのようで、中小企業のオーナーや各界のリーダーシップをとっている人に多く、
言ってみれば「田中角栄みたいな感じ」なのだそうです。
(たとえはちょっと古いかも…)

気になるのは、そういう人の持っている「性格」です。
ここがこの分析のキモなのです。

「同じ性格でも、その時の心の充実度によって出てくるものが違う」

というところがポイントです。

心が充実しているときに(つまり人生が順調に展開しているとき)前面に出る性格としては

「思いやり」「敬意」「譲り合い」「見返りを期待しない優しさ」「前に進むエネルギー」「フロンティア精神」

と輝くばかりの喜ばしい言葉が並びますが、
物事がうまく運ばず、心の充実感を失ってしまった場合にはこれらが裏腹に出るのだそうです。
正に「長所は欠点であり、欠点は長所である」ということ。

「自分の利益のための親切」「お節介」「溺愛」「ごますり」「こび」「裏取引」「わがまま」「不満たらたら」

わっ…。

しかし私が一番心配しているのは次のことです。
これは心の充実度とはあまり関係なく、

基本的に人の不安を思いやる能力に欠けている。

だから、いったん人生が下り坂になると人がどんどん離れていって、ヘタをすると

ものすご〜く寂しい老後を迎えることになりますよ 。

というのです。

うわ〜、いやぢゃ〜

自分の性格を変えるって、できないのでしょうか。

でも、それは、すべきではないのだそうです。
自分本来のものではない性格を演じることは、ものすごく大変で、
ストレス過多となって結局長所を失うことになるのだそうです。

じゃあ、せめても「人の不安を思いやる能力」をもっと何とかできないものか。
私の人生のこれからの課題です。

【続く】
 
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