オーケストラと弾く気分
- 2014.10.24 Friday
- 16:24
前回のブログで予告したとおり、12月1日には久しぶりにオーケストラと弾きます! それもサントリーホールです!
これは1988年、34歳の時にベオグラードでモーツァルトの協奏曲第27番を演奏しているところです。
オーケストラとの協演、ってピアニストの夢です。
ピアノ協奏曲ではピアニストが主役、気持ちいいです〜 \(^O^)/
オーケストラを従えて弾いているときの実感は、ほとんどの場合
え〜、こんなにゆっくり弾かなければならないんだ
ということ。
自宅での練習と本番のステージで弾く時の間には、比較にならないほど大きな差があります。
緊張感にも天地ほどの差があるし、脈は速く、血圧だって高いに違いない。興奮すると呼吸も浅くなりがちです。
こういう状態で演奏すると、だいたいスピードが速くなります。
難しくなればなるほどあせって指は速くなり、結果指がもつれて墓穴を掘る…。
よくあるパターンです。
でもオーケストラは一緒にあせってくれません。
演奏の速さは打ち合わせ通り。
興奮している身では、これをまどろっこしく感じてしまうのです…。
大人数のオーケストラに負けまい、と、つい力んでしまうのも、
よくある失敗のひとつです。
無意識のうちに普段より大きな音で弾いてしまう。
頭の中ではたっぷりのニュアンスをつけているつもりでも、聴いていると
ただ音が大きいだけで変化がない
という結果になりかねません。
また、無駄な力が入ると、弾けるはずのところも弾けなくなったりします。
そうそう、オーケストラと弾く前には
首を左に向けて指揮者とのアイコンタクトを確保する
という練習もやっておいた方がいいです。
一人で弾くリサイタルの時には必要ない動作だからこそ、大切かも。
同じように、ピアノトリオや四重奏などの器楽合奏の前には
首を右に向けてパートナーとのアイコンタクトを確保する
という練習も無駄ではありません。
ところで
あんな曲を弾くためには、さぞかし綿密にリハーサルをするんだろうなあ
と思うでしょう。
それが、違うのです。
通常は本番とは別の日に1回、あとは本番当日に演奏会場で軽くゲネプロ(通し練習)をして「いざ本番」となります。
ちなみに12月1日の本番の場合は当日午後に初めて合奏して、そのままオンステージ。かなり厳しいスケジュールです…。
いざ本番、ということでステージに出てみると、
ピアノまで遠いなあ…
というのも、実感のひとつです。
オーケストラとのコンサートは大きなホールで行われますから、ステージも広い。
いつものリサイタルホールとはピアノまで歩く距離が違うのです。
やってみないとわからない、ということに、もうひとつあります。
それは、演奏後のステージでのふるまいです。
演奏が無事に終わったとしましょう。
(願わくば)盛大な拍手がきます。
「拍手とは浴びるもの」
と、誰かから聞きました。
本当にそうです。気持ちいいです。
すべての葛藤と疲れが溶けていくのが不思議です。
だから私も本気で拍手する時には、真っ赤になるまで手を鳴らします。
そうしているのがまた、気持ち良い。
でも、この拍手は私ひとりの力で得たものではなく、
指揮者、そしてオーケストラのメンバーたちの温かい協力あっての賜物です。
指揮者への感謝の念を込めた握手、
同じくオーケストラのボスであるコンサートマスターとの握手、
できれば団員たち全員にも感謝の気持ちを伝えたいです。
そして、何よりも一番大切にすべき、お客さまへのご挨拶。
これらをどのような順序で、どうやったらスマートかは、
一筋縄では解決できない難題です。
オーケストラと弾いてみて初めて再認識することもあります。それは
ピアノのソロパートって、切れ切れなんだ。
ということ。
こう書いただけでは何のことかわかりませんね。説明しましょう。
ピアノ協奏曲はピアノとオーケストラの合奏ですが、
・オーケストラだけが弾くところ
・ピアノだけが弾くところ
・オーケストラとピアノが一緒に弾くところ
の3パターンあります。
自宅では、自分が担当するパートだけを黙々と続けて練習します。ピアノが弾くブロックが終わって、その後に「オーケストラだけが弾くところ(専門用語ではトゥッティ)」があっても、そこは飛ばして、次のピアノソロのブロックに移って練習を続行します(本当はオーケストラのパートも研究すべきなのですが…)。
これが、「いざ本番」で大きな落とし穴になったりして…。
この練習では、ひとつのセクションが終わったところと、次のセクションが始まったところの間で手を膝に置くようなことは、まずやりません。時間と労力の無駄です。
が、実際にオーケストラと弾いてみると、「終わり」と「始まり」の間にある「オーケストラだけのブロック」って、思ったより長いのです。その間、ピアニストはじっと座って待っていなければなりません。音楽に集中しようとするものの、いろいろな雑念が脳裏をよぎります。「終わったら生ビール!」みたいなことまで浮かんできます。
これが鬼門になるのですね。じっと待っていると
え、次の音は何だっけ??
とわからなくなることがままあるのです。
特に「右手だけが単音のメロディーで始まる」みたいなところがアブナイ。
ピアニストの練習というのは、同じことを何百回も反復して身体に覚え込ませることが基本なので、手の移動も無意識の運動パターンとして脳に記憶されていくのです。
そうした一連の流れが途切れてしまうのは、一大事。
「何の音」までは記憶していても、「どの位置」という記憶が曖昧になると、とても不安になります。
血圧も上がります。呼吸も浅くなります。やばい!
ところでピアノ協奏曲の本番の時は、オーケストラのリーダーであるコンサートマスターも、とてつもなく緊張するのだそうです。その緊張が最高潮になるのは、演奏に先だって行われるオーケストラ全員での音合わせの時。
オーケストラの演奏が始まる前には「ラ」の音を使ってすべての楽器の音の高さを合わせる作業が行われます。
オーケストラだけの演奏会ではオーボエという木管楽器がラの音を吹いて、それにコンサートマスターが同調し、その後その他全員がコンサートマスターのラに合わせることになっています。
ピアノがある場合はオーボエの代わりにピアノのラの音を使います。
ピアノ協奏曲の場合はピアノが正面に置いてありますが、
ここにコンサートマスターがつかつかと歩み寄り、一発ラの音を弾くのです。
「これが、怖い」のですと。
「どの鍵盤がラか(白い鍵盤はみな同じように見えます)」
「どの位置のラが正しいラか(ラの鍵盤は8箇所あります)」
という判断は、ピアニスト以外の人にとってはそう簡単ではないらしい。
ピアノの前の定位置に座ればわかる「いつもの鍵盤」でも、つかつかと歩み寄り、立ったままで捜すのは、また違います。
対処方法として、多くのコンサートマスターは鍵盤のふた中央に書かれているメーカーのロゴのアルファベットを見て、「あの字の右下」みたいに覚えておくのだそうです。でも、これとて万全ではありません。
満場のお客さまの面前で「ラ〜」一発とかますわけですからね、
もし違う音を弾いてしまったら、すごく恥ずかしい。
演奏家、皆いろいろな悩みを持っているものですね〜。