「音大卒」は就職の武器?

  • 2015.04.28 Tuesday
  • 16:06


 

大内孝夫『音大卒は武器になる』(ヤマハミュージックメディア)

 

「書評シリーズ」改め「こんな本、読みました」の第6弾です。紀伊國屋書店の「書評空間」と同じく“である調”なので少々雰囲気が異なりますが、ご寛容下さい。
 

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新しい年度が始まった。学生も、そして新社会人も心機一転、
「よしっ」と思っているに違いない。

社会人として自立するにはきちんと就職し、収入を得なければならない。

日々の生活はアルバイトでもしのげるが、これからの長い人生を自分なりに設計し、歩んでいくためには、安定した収入を確保したい。

一番のハードルは「就職」だろう。

フリーでいるか、正社員になるか。

企業に就職したいと思ったら、

大学4年生になってからあたふたとするのでは遅い

というのが世の中の常識だ。

私の指導している学生も“正当な危機感”を持ち合わせている者は、

すでに3年生の時から活動開始していた。

本来「大学は勉強するところ」のはずなのだが、そうもいかないのが現実らしい。

私が教鞭をとっているのは私立の音楽大学だ。

みな音楽に興味を持ち、夢を描いて入学してきた。

大学を通じてさまざまな経験を積み、それぞれ大きく成長していく。

最終的に音楽で身を立てられるのであれば、音大で勉強したことが実ったことになるのだが、
純粋に音楽だけで生きていける人は、ごく限られている。
確率は限りなく低いのが現実だ。

悩んだ末に一般企業に就職する道を選ぶ、あるいは選ばざるを得ない学生もたくさんいる。

一般企業にアプローチをする場合に「音大卒」で大丈夫か、というのは

音大生が持つ共通の不安だろう。

そんな不安を一発で吹き飛ばしてくれる本が登場した。

「音大卒」は大きな武器なのだという。

これは嬉しい。早速紐解いてみた。

著者の大内は某有名音楽大学の就職課で学生の就職アドバイスをしている元銀行マンだ。

一般企業で培われた視点で音大生の能力を評価すると、

それが実に素晴らしいのだという。

「音楽しかやってこなかったから、社会に適応できるか不安…」
などという心配は杞憂だ!

と大いに力づけてくれる。

そんな心地よい言葉を少し紹介しよう。

私自身「言われてみればそうだねえ」と思うところがたくさんある。

音大生のコミュニケーション能力はすごい

少人数やマンツーマンのレッスンがあたりまえの音大生。おのずと年上との接し方を学んでいる。自分より30も40も年上の人と物怖じせず話すことができる。これは当たり前ではない、すごい能力である。

時間を守る習慣がある

リハーサルなどには遅れてはいけない、という習慣がふだんからあるため。また「本番の演奏会には何としても間に合わせなければならない」という日常から、準備に必要な時間を計算したプロセス管理もふだんから要求されている。

いくら叱られてもめげない精神力

練習不足でレッスンのとき長時間叱られっぱなしでも、めげないで立ちなおる。

音大生とは「強烈なプロフェッショナリズム集団」である

演奏を頼まれたからには、たとえノーギャラでもベストをつくすのが当たり前。また何かの事情で自分が出演できなくなった場合には必死に代役を捜す責任感は、音楽をやっているからこそ培われた評価材料。

他にもたくさん掲載されている。

また、自分の人生を歩むに当たって

「音楽を続けるか」「音楽から離れるか」

に関する重大な判断への納得できるアドバイスも的確だ。

音楽を続ける道を選んだ場合の進路とその説明も親切だ。

失敗した人生の例にも事欠かない。

ありそうだなあ、ということばかりである。

そしてエントリーシートや面接の際に

音大生であるメリットをどうアピールするか

に関しても、わかりやすいアドバイスが満載だ。

褒め言葉ばかりで終わってしまいそうだが、

就職活動を控えている音大生はぜひ読むべきだと思った。

私は大学の図書館から借りたのだが(一般公開される前から予約していたのでいの一番に入手できた)、すでに複数名の予約が入っているようだ。

この書評をはやく仕上げた上で本を返却するのが、私の責務のようである。


 

霊界との交信

  • 2015.04.07 Tuesday
  • 16:52

 
ローズマリー・ブラウン『詩的で超常的な調べ』(平川富士男訳、国書刊行会)
 
「書評シリーズ」改め「こんな本、読みました」の第5弾です。紀伊國屋書店の「書評空間 」と同じく“である調”なので少々雰囲気が異なりますが、ご寛容下さい。
 
 


「死後の世界は存在しない」と固く信じている読者にとっては、「また例の、あれか」という印象しかもたらさない本だろう。しかし「ある」「あるかも知れない」「ないとは言えない」と思う読者、それもクラシック音楽ファンでピアノが好きな読者にとっては、興味深い内容が語られている。
 
著者のローズマリー・ブラウン(1916〜2001)は子供の頃からさまざまな霊体験を重ねてきたイギリスの女性だ。霊界にいる多くの音楽家たちの霊を感じ、姿を見ながら会話をし、中でもフランツ・リストとは密度の濃い交流を保っていた。リストの指示(口伝)に従って、たくさんのピアノソロ作品の楽譜を完成させている。一般的には「まゆつばもの」とされ勝ちな話だが、1960年から1970年代のイギリスで大きな反響を呼んだ。
 
訳者の平川もスピリチュアル・ヒーリング(霊的治療)に興味を持つ“有識者”であり、翻訳者としては最適だろう。とても詳細で親切な訳注はわかりやすく、その量も本文のほぼ三分の一に匹敵する大規模なものだ。本書に目を通す際には、ぜひこの注を参照しながら読み進まれんことを推奨したい。スピリチュアルなこと以外の、音楽に関する専門的な領域の説明も、一般の読者によくわかるようかみ砕かれている。
 
登場する音楽家たちを挙げてみよう。「本書に登場する主な霊たちの生前のプロフィール」という冒頭のカラーページに掲載されている順に紹介したい。いわく、リスト、ショパン、ベートーヴェン、シューベルト、シューマン夫妻、ブラームス、グリーグ、ドビュッシー、ラフマニノフ、モンテヴェルディ、バッハ、ベルリオーズ(およびほんの少しだけ登場するモーツァルト)、そして音楽家としては素人同然のブラウン夫人がこれら大作曲家たちの霊との会話に戸惑わないよう、さりげなくサポートしてくれるイギリスの音楽学者、ドナルド・フランシス・トーヴィー。作曲家以外にもアルベルト・アインシュタインとアルベルト・シュヴァイツァーに関する言及がある。
 
数人ならまだしも、さまざまな時代と地域にまたがるこれだけの数の作曲家たちとの交信、それも英語を介してのコミュニケーションとなると、それこそ眉につばしてしまいたくなる。バッハやベートーヴェンは英語を話せたのだろうか? しかしヘンデルはイギリスで活躍し、英語はできなかったハイドンもイギリスに滞在していたぐらいだから、ヨーロッパの知識階層における母国語以外の言語に関する素養は思ったよりハイレベルだったのかも知れない。
 
霊媒としてのブラウン夫人が享受した音楽に関する教育はプロフェッショナルとはほど遠いものだった。ピアノも弾けないわけではないが、素人の域を出る腕前ではない。したがって、作曲家が霊界から伝える作品を採譜するにはかなり苦労したようだ。そうした作品の一部は出版され、他の楽譜(ブラウン夫人が作曲者の指示に従って書いた自筆譜)は遺族によってすべてロンドンのブリティッシュ・ライブラリーに寄贈されている。その数は数百点にのぼるとのことだが、図書館による目録は未完であり、公開されていない。
 
今から約半世紀前、ブラウン夫人の存在がメディアに紹介された際には、様々な形でその信憑性が精査・検証された。霊の世界のことであり、結論が出たわけではないが、「すべてはブラウン夫人の思い込みである」という排除には至らなかった。「その可能性は否定できない」のである。本を読んだ限りでは、ブラウン夫人が自己顕示欲のために嘘をついたり、つじつま合わせをしているようには思えなかった。
 
興味深いのは巻末に掲載されている《グリューベライGrübelei》の楽譜である。リストの霊が創作し、それをブラウン夫人が筆記したものだ。タイトルを和訳すると「思いわずらい」だろうか。「傷心」とした方が詩的かも知れない。落ち着いた作風だが、右手は四分の五、左手が二分の三拍子(あるいはその逆)で、中間に八分の六拍子のエピソードも含まれている作品だ。調性も変化に富み、強弱記号も精細に書き込まれている。リストの作品は“わかりやすい”構成のものが多いが、《調のないバガテル》のように、現代音楽を先取りした無調に近い実験的な作品も創作されている。この作品もそういったもののひとつなのだろうか…。いずれにせよ、ブラウン夫人が創作したものではなさそうだ。




 

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