ラストスパート
- 2016.02.24 Wednesday
- 14:27
いやぁ、久しぶりに、すごいストレスを経験しました。
33回目の結婚記念日なんて、どこかに霧散してしまいました〜。
つれあいはもちろん、おかんむり…。ごめんなさい。ペコリ。
何をやっていたかというと…
本の出版の準備です。
ただし、私が書きおろした本ではなく
私の恩師パウル・バドゥーラ=スコダの著書
『新版 モーツァルト 演奏法と解釈』
の邦訳です。
これが原著です。
ピアニストとピアノの先生必携のバイブルみたいな本です。
ぜひ1冊お持ち下さい。ぜったいに後悔はしません。
モーツァルトに関する本ですが、
クラシック音楽の基礎がすっきりとわかるようになります。
実はこの本の前身は、私の恩師が音楽学者のエファ夫人との共著として1957年にドイツ語で刊行した、という由緒ある研究書です。すでにさまざまな言語に訳され、世界中の音楽関係者から「モーツァルト演奏のバイブル」として愛読されたのです。邦訳は1963年に音楽之友社より出版され、19刷も版を重ねた末、1995年9月に絶版になってしまいました。
計算してみると、1957年当時、著者は弱冠30歳。
ふつうでは考えられない業績です。
私の30歳当時とはまったく比較になりません…。嗚呼!
しかしその後モーツァルト研究も進み、新しい発見もたくさんありました。
最初の本が出てから50年たった今、内容を改訂しよう
ということで上記の「新版」が準備されたのです。
原著は英語。スコダはオーストリア人(奥様はドイツ人)ですので、母国語はドイツ語。
でも「少しでも多くの人に読んでもらいたい」ので、あえて英語で執筆し、
英語での出版となりました。日本語版は、世界初の翻訳本となります。
しかし、ここに問題が…。
私の英語はドイツ語ほど闊達ではありません。
というわけで、以前やはり同じ著者の『バッハ 演奏法と解釈』の時にも手伝ってもらった堀朋平君に加え、音楽学者の賢夫人、西田紘子さんにもお手伝いをお願いしました。彼らが全面的な翻訳を快く引き受けてくれたのが、まずは最初で最大の「ラッキー!」だったのです。
翻訳は大変だったと思います。何と言っても量が半端ではありませんから…。
…と、口で言うのは簡単ですね!
本当にどうもありがとう。心から感謝しています!
私の仕事は監修者として翻訳文をすべてチェックし、
恩師である原著者の表情や言葉遣いや真意を想像しながら、
「今井語」のリズムになおしていくことです。
「?」というところに遭遇すれば、すべて原著者に質問しました。
質問と確認の総数は、数百どころではとてもおさまらない数に登りました。
そんな煩雑な質問すべてにスコダは誠実に──時にはシニカルに、
そしてあるときはため息まじりに──返答してくれました。
数十年の長きに及ぶつきあいと師弟関係がなければ、確実に喧嘩別れになっていたと思います。
内容のチェックリスト。スコダとの通信記録です。
本来翻訳本は「そのまま本文通りに訳す」のが基本で、
そこに訳者の個人的意見や感想を反映させてはならないものです。
でも、この本は違います。原著者の了承のもと、
原著を越えた完成度を達成できたのでは?
と、内心とてもわくわくしています。
そうこうしているうちに、各ページの体裁が整ってきて、
いよいよ印刷を視野に入れた準備を整えることになりました。
「校正」という、欠かせない作業です。
しかし、650ページを越える本の校正は、並大抵な仕事量ではありません。
それに加え、こういう作業は必ずこちらが忙しくしているときに発生し、
かつ息がつまるような期限つきでやってくるものです。
今回もやはりそのパターン…(汗)
これが校正稿の束。持つだけでもずっしりきます
他に方法はなく、休みを返上することに決めました。
なので、結婚記念日のお祝いは、なし。
定宿としている、ワンコと同室で宿泊できる河口湖畔のリゾートホテルの客のいないレストランに陣取って、好き勝手にダイニングテーブルを並べ、作業を開始したのです。
こんな感じで仕事をしていました。
翻訳もそうですが、校正稿のチェックも「砂を食むような」という表現がピッタリです。
翻訳の場合は原著を1行ずつ、1段落ずつ、1ページずつ訳し続けるのですが、
校正の場合も原稿を牛が歩むほどのスピードで読み直し、赤で修正を入れていきます。
「ちりも積もれば山となる」を信じてじっと耐えるしかありません。
「薄紙を剥がすような」という気分も当たっています。
こういうところはBGMがうるさい。耳栓は必需品です。
ところで、ここで出版業界の実態をちょっとだけ暴露してしまいましょう。
こんなに過酷で膨大な作業をこなしてきたにもかかわらず、
訳者の堀夫妻も、私も、実は出版社からまだまったく何の報酬も受け取っていないのです!
すべては印税次第──つまり、出来高払い。
芥川賞受賞作品や村上春樹のような人気作家の書籍は売れに売れ、
転がりこむ印税も莫大な額になります。
ただ、モーツァルトとなるとねえ…。音楽家としては有名なのですが…。
でもこの本は、これからずっとコンスタントに売れ続けると思います。
それだけの内容があります。
内容の魅力に関しては、本が出版された暁にまたご紹介しましょう。
書店の棚に並ぶのは4月頃になりそうです。
乞うご期待!